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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10912号 判決 1957年4月03日

常磐相互銀行

事実

原告は昭和二十七年四月頃予て知合の当時被告銀行池袋支店の外交係をしていた訴外川島から預金の勧誘を受けていたが、同月下旬頃川島は当時被告銀行池袋支店長の訴外渡辺と同行、原告は右渡辺から被告銀行に対して貸付期間三カ月、利息月三分毎月払の条件で、相当額金員の貸付をするよう慫慂されてこれを承諾し、同年五月から八月迄の間に七回に亘り合計金五百三十万円を川島乃至渡辺に交付した。而して原告は右貸付の都度渡辺から同人振出の満期各貸付日より三カ月後の約束手形を受領したのであり、従つて最終の弁済期は昭和二十七年十一月十五日であつたが、渡辺は各弁済期に各貸付元金の支払をしないのみならずかえつて期限の猶予を懇請して来たので、原告は更に弁済期を六カ月延期することにして、被告銀行池袋支店長渡辺振出の金額五百三十万円満期昭和二十八年五月十五日の約束手形一通を受領した。ところが渡辺は右期日を過ぎても貸付元金の支払をなさないのみか、手形書換と称して原告から前記手形の返還を受けたまま何ら代り手形を振り出さず元利金の支払もしない。よつて原告は再三支払の督促をした結果、昭和二十九年二月に至り、渡辺から金二十万円と共に残額金五百十万円について当時被告銀行日本橋支店長に転じた渡辺振出の満期同年六月三十日の約束手形を受領した。その後も原告は渡辺及び当時被告銀行池袋支店長の内田に対し右貸金の支払を督促した結果、内田から金百万円の支払を受けるとともに、内田、渡辺との間に残余の未払利息額及び残元金額を合計金四百六十万円と定めこれを新たに消費貸借の目的として、同年七月十五日に内金百万円、同年九月三十日に残金三百六十万円を支払うこと、債務不履行の際の遅延損害金は年一割と定めて準消費貸借契約を締結した。然るに内田、渡辺からは右弁済期迄に内金百万円の分割支払がなされたのみで、残余についてはその支払をしない。以上の如く当初の消費貸借契約は被告銀行池袋支店長たる渡辺とその後の準消費貸借契約も池袋支店長たる内田及び日本橋支店長たる渡辺との間に締結されたのであつて、被告銀行が商法第四二条第三八条に基き右契約上の債務を負うべきこと明らかである。

被告常磐相互銀行は抗弁として、被告銀行は原告から金円の貸与を受けた事実はない。従つて原告主張の内払又は利息の支払をしたこともない。仮りに原告と被告銀行池袋支店長渡辺孝綱との間に金銭の貸借があつたとしても、それは原告と同支店長個人との取引関係としか認められない。元来被告銀行は相互銀行法に基き同法第二条所定の業務以外の業務は同法第七条により厳禁され、大蔵省の厳重な監督下にあるので原告主張のような事例はない。従つて仮りに原告主張のような金円の貸与を受けたとしても右貸借契約は当然無効である。原告主張の金額五百十万円の約束手形は被告銀行は全然関知せず、右の成立を否認する。

訴外渡辺が、被告銀行池袋支店長名義を以つて原告主張の如き金銭の貸与を受け且消費貸借契約が無効でないと仮定しても、右貸借は前記相互銀行法及び被告銀行より各支店長に対する厳重な戒告により禁止されているもので、このような貸借につき支店長として何ら代理権を有しないものであり、原告もまたその事実を知悉してなしたものと認められるから何れの点からするも原告の本訴請求は失当であると述べた。

理由

証拠を綜合すれば次の事実を認定することができる。すなわち、原告は茨城県古河市居住の開業医であるが、昭和二十七年五月患家の川島の紹介で同人が嘱託として勤務している被告常磐相互銀行池袋支店の支店長渡辺孝綱から銀行の得意先に貸付をするのだからとて金借を申し込まれ、利息月四分弁済期三カ月後の約束で最初金五十万円を渡辺に貸与し、その後も同様の条件で、但し同年七月からは利息を月三分に下げて同年八月までの間に数回に合計金五百三十万円を貸与した。渡辺は借受の都度原告宛に被告銀行池袋支店長名義の約束手形を振り出したが、銀行に知れては困るから呈示しないで貰いたいと原告に要望した。そして借りた金は銀行の帳簿には記載せず個人で銀行の得意先に高利で貸与した。

渡辺はその後利息を支払つて約束手形ないし借用証書を書きかえていたが、昭和二十八年三月渡辺は被告銀行日本橋支店長に転勤し、内田義夫が池袋支店長に就任したので、その後は渡辺は日本橋支店長名義で約束手形を振り出し原告に交付した。しかしながら、次第に貸付金の回収も困難となつたため利息も怠り勝となり、手形又は証書の書換をも渋るようになり、原告に対して最終に差し入れられた借用証書は昭和二十九年三月七日金十五万円、同月五日金七十万円、同月十二日金六十万円、同月二十日金五万円、同月三十日金三十万円及び金七十万円の六通であつた。同証書の借用人は被告銀行池袋支店長内田義夫と川島との両名名義であるが、何れも川島が記載したもので、内田の名下の印影は内田の承諾もなしに川島が勝手に三文判を使用したものであつた。

弁護士所沢道夫は昭和二十九年六月原告から渡辺に交付した分の貸金取立を委任され、渡辺に交渉した結果、渡辺は同年六月末所沢に対して当時の貸金残金五百十万円の内金百万円を現金で支払つた。そして残金四百十万円に延滞利息金五十万円を加えて金四百六十万円とし、その内金百万円を同年七月十五日に残金は同年九月三十日に支払うことを約した。そして渡辺はその後数回にわけて合計金百万円を所沢に支払つたが、以上の行為はいずれも被告銀行の機関としてしたのではなくて、個人としての借受金の始末をつけるためのものであつた。

以上のとおり認められるのであつて、これら認定事実を前提として原告の主張を検討するに、原告は昭和二十七年五月九日から同年八月十六日までの間七回に亘り被告銀行池袋支店長渡辺孝綱に対して合計金五百三十万円を貸与したからその借主は被告銀行であると主張し、渡辺が池袋支店長名義の約束手形を振り出したことをもつてその論拠としているが、渡辺が被告銀行に知れては困るから呈示をしないでくれと原告に要望した事実からみると、同人が正式に被告銀行の機関として前記約束手形を振り出したものとは思われない。渡辺が池袋支店長から日本橋支店長に転勤した後も、原告が主として渡辺を相手に交渉していたことは、渡辺個人が借主であることを推認させる一の資料となるであろう。従つて渡辺は支店長としてではなく個人として原告から金借をしたもので、その返済を原告代理人所沢弁護士から迫られてその後始末をするために前記準消費貸借契約をしたのであつて、渡辺の行為は被告銀行の機関としての行為ではなくて個人として行動したものであることは前段認定の事実からも窺い得るところである。なお原告は渡辺の行為につきいわゆる表見支配人であるとして商法第三十八条の適用を主張するけれども、渡辺の行為が被告銀行の機関としての行為でない以上、前記法条の適用は問題となる余地がない。

さらに原告は渡辺が個人として借り入れることを秘して被告銀行に貸付けるよう誘引し、原告をして被告銀行が借入をするものと誤信させて合計金五百三十万円を騙取したのであつて、渡辺のこの不法行為は被告銀行の被用者としてその事業の執行についてなされたものであり、被告銀行は使用者として渡辺が原告に加えた損害を賠償する責任があると主張するから按ずるに、相互銀行法によれば、相互銀行は(1)無尽掛金の受入(2)預金又は定期積金の受入(3)資金の貸付又は手形の割引(4)有価証券、貴金属その他の物品の保護預り(5)有価証券の払込金の受入又はその元利金若しくは配当金の支払の取扱(6)これらに附随する業務を営むことができるが、これら以外の業務を営むことができない。相互銀行がその資金を導入する場合には、無尽掛金、預金又は定期預金の受入という形態によるのであつて、個人よりの借入は原則として許されず、ただ例外としてコールマネーを所定の機関から短期間借り入れられるに過ぎないと解される。従つて原告の主張するように、被告銀行が原告から必ずしも短くない期間しかも高利で金を借り入れることはもともと許されていないことであり、原告はそのようなことは全然知らなかつた旨供述しているけれども、原告は開業医であつて少なくとも一般人なみの常識をもつていると思われるから、仮に法律の規定は知らなくとも、相互銀行が個人から高利で金を借りうることはできないという程度の常識はもつていたのではないかと推察されるのであつて前記供述は極めて疑わしい。従つて原告の主張するように詐欺が成立するかどうか疑問であるといわなければならない。のみならず、民法第七百十五条にいわゆる「事業の執行につき」とは、その行為の外形上使用者の事業に属する場合であるか又は行為の外形上使用者の事業と認められなくともその事業の執行を助長するためこれと適当な関連があり使用者の行動範囲内の行為と認められる場合を指すものと通常解釈されているが、相互銀行の支店長が個人から高利で金を借りるという行為が仮にあつたとしても、それが前者に該当しないことはいうまでもないし、後者に該当すると解することも無理といわなければならない。として棄却した。

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